2012年10月28日

中将棋人物メモ

 室町時代〜安土桃山時代

 ・大館元行:1424年1月2日と3日、足利義持の御前で貞弥と中将棋勝負を行う。「奔王を出して勝つ。懸物の御太刀を給わる」、と『花営三代記』にある。
 ・貞弥:大館元行の対戦相手。
 ・中原康富:『康富記』に中将棋の記録有り。
 ・三条西実隆:『実隆公記』に中将棋の記録有り。
 ・山科言継:『言継卿記』に中将棋の記録あり。その数55に上る。
 ・一楽:「当国(駿河)の中将棋の指し手」と称される。林斉寺の禎首座の庵で叙汐斉と対局したと『言継卿記』にある。
 ・叙汐斉:一楽と対局して勝利したと『言継卿記』にある。
 ・水無瀬兼成:水無瀬駒で有名な公家。『将棊馬日記』に中将棋の駒の依頼について書かれている。『中象戯図式』を書く。
 ・豊臣秀次:1594年5月22日に中将棋と碁の会を行う。


 江戸時代

 ・近衛信尋:『関東下向記』に対局の記述有り。
 ・後水尾天皇:1659年、中将棋を指される。
 ・伊藤宗看:1696年、『中将棋作物』を著す。
 ・吉文字屋治郎兵衛:『中将棋指南書』を著す。
 ・山形屋八良右衛門:『中将棋補録集』を著す。
 ・鶴峰戊申:『中将棋絹節』、『象棋六種之図式』を著す。
 ・井原西鶴:著作に中将棋の記述有り。(『西鶴名残の友』『男色大鑑』『武道伝来記』)
 ・大津又左衛門:『武野俗談』(1757)に記述あり。門弟が多くいたとのこと。
 ・寺内法林坊:法橋宗知と中将棋を指す、と『堺鑑』(1832)に記述有り。
 ・法橋宗知:妙国寺の僧と中将棋を指す、と『堺鑑』(1832)に記述有り。


 明治・大正・昭和

 ・幸田露伴:『将棋雑考』に中将棋についての言及あり。
 ・小野五平:十一世名人。『将棋雑考』にて、(中将棋を)ときにもてあそんだそうであるが、と書かれる。
 ・関根金次郎:後述の勝浦松之助との中将棋対局棋譜が残る。
 ・木見金治郎:大正から昭和にかけての関西棋界の大御所。日本将棋連盟創設に携わった。中将棋に関する記事を『将棋月報 大正13年10月号』などに掲載した。
 ・勝浦松之助:東京にて「中将棋指南」の看板を出すも、反応は得られず。
 ・建部和歌夫:『日本将棋史(八)』にて中将棋に触れる。
 ・大山康晴:十五世名人。昭和における中将棋の権威。中将棋を後世に残すために尽力。
 ・岡崎史明:『中将棋の指し方』を著す。
 ・松田正一:『中将棋全集』を著す。


 現代

 ・宮居正芳:第一期、第二期、第三期、第五期、第七期名人。
 ・岡村正弘:第四期、第九期名人。
 ・神崎健二:第八期名人。
 ・増川宏一:『将棋 I 』を著す。
 ・水神涼:『はじめての中将棋』を著す。
 ・岡崎伸:『中将棋の記録(一)』『中将棋の記録(ニ)』を著す。
 ・ジョージ・ホッジス:『Middle Shogi Manual』を著す。

 ※ 第六期名人の名前が検索しても出てこない……。


 
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2012年10月06日

中将棋の歴史(簡易版)

 誕生(1400年代)

 中将棋は大将棋の駒を減らすことで生まれたようだ。
 だが、一体いつ誰がそれを行ったのかはわかっていない。

 『遊学往来』(1372以前)には中将棋の言葉が見られる。
 記録としては『康富記』。1444年閏6月2日、中将棋を打ったことが記されている。
 

 最盛期

 16世紀から17世紀にかけて流行したらしい。
 『言継卿記』には中将棋を打ったとする記述が沢山ある。

 だが、江戸時代に入る頃、将棋といえば小将棋(現在の将棋)にかわり始めた。
 その後も公家の間で打たれ続けるが、庶民の間では敬遠され始めたようだ。(恐らくだが、余暇がある公家はじっくり中将棋を楽しめるが、働かなければならない一般人は、そんな長い将棋を打つことができない。自然、中将棋は公家たちだけが行う遊びになっていったものと思われる)


 明治維新以後〜昭和

 幸田露伴「将棋雑考」(1900年)には、「中将棋は今広く行われずといえども滅びてつかわらざるにはあらず、京都にはあるいはなおこれを知りてもてあそぶ人なきにあらざん。今の棋聖小野氏のごときもこれをもてあそびしことありしと言えり。」と書かれており、その頃にはプレイ人口が少なくなっていたけれど、少しは遊ばれていたことが見受けられる。

 主に京阪地方で遊ばれていたようだ。大正末期には三百人の指し手がいたらしい。
 だが、その一方、関東では人気がなかったようで、東京へ移住した松浦七段宅にが「中将棋指南」の看板まで出したが、反応は得られなかったらしい。


 戦後にはプレイヤーがほとんどいなくなっていた。
 中将棋復興を願って活動したのが岡崎史明大山康晴
 1982年には、松田正一が中将棋の定跡書『中将棋全集』(全十一巻)を著した。


 現在(平成以後)

 将棋に比べればわずかだが、中将棋愛好家が存在する。
 チェスに近いため、海外にも中将棋を楽しむ団体がある。

 中将棋名人戦第一回が2005年に行われ、現在も続けられている。
 大阪府島本町では2010年より中将棋のイベントが行われている。


 参考文献

 中将棋の記録(一)、(ニ)
 『中将棋の歴史』
 『日本遊戯史 古代から現代までの遊びと社会』
 『名人の譜 大山康晴』
 wikipedia:中将棋


 
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