2012年10月26日

木見金治郎『中将棋に就て』

 木見金治郎(大正から昭和にかけての関西将棋界の大御所)が『中将棋に就て』という記事を『将棋月報 大正13年10月号)に書いている。
 内容は中将棋の現状と紹介(駒の動かし方など)。

 泣けるのはこの文章。

 ◆近き将来には大阪京都に於て中将棋の段位を取極め対局することをになるであろう


 この時本当に中将棋の段位戦が始まっていれば、今、もっと中将棋が指されていたかも知れない。
 切磋琢磨によりレベルが上がり、棋譜も残り、戦術も練り上げられ、今もっともっと認知されていたかもしれない。
 本当に残念としか言いようがない。


 
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2012年10月25日

中将棋は「指す」らしい

 将棋は指す

 将棋は「指す」という。
 だが、ピシンと音を立てて駒を動かすやり方は、どちらかと言えば「打つ」だ。


 どうして将棋は「指す」というのか?
 その解が中将棋に残っている。

 『持駒使用の謎 - 日本将棋の起源 -』には、『中将棋全集』を書いた松田祥一さんの言葉が紹介されている。


「中将棋では駒音はたてません。駒を後から静かに押します」


 ──と。
 確かにこれなら打つではなく駒を指さす風になり、「指す」がピッタリの表現になる。


 
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2012年10月23日

アイマス将棋部 「オリジナル将棋〜765プロの戦い・夏の陣〜」と中将棋



 アイマス将棋部 「オリジナル将棋〜765プロの戦い・夏の陣〜」で参考にされている駒の動かし方は、一部中将棋のものが使われている。


 
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2012年10月19日

古将棋あれこれ

 八方桂の棋譜

 八方桂を使った坂田三吉対木見金次郎の棋譜が『近代将棋昭和25年8月号』に掲載されている。

 再生はこちら詰将棋おもちゃ箱)。


 力士という駒

 将棋の中にはお相撲さんもいた。
 「力士」という駒があるんだけど、動かし方は、wikipedia:力士(将棋)さん、よろしく。


 自在天王……強すぎるだろこれ

 チャトランガから始まるチェスや将棋の系譜の中でも最強クラスの駒。
 動かし方はwikipedia(自在天王)さんに聞いてみよう。


 大将もやばい

 大局将棋に登場する「大将」も最強クラスの駒。
 1つ2つ葬るどころか、一列一掃が当たり前。

 天竺将棋の「大将」も確かに強いんだけど、やっぱり大局将棋の方が圧倒的。


 獅子がなると奮迅に!

 「獅子奮迅」って絶対ネタだろー。
 と思ったけれど、もしかするとこの駒が由来かもしれないので調べてみた。

 もとは「師子奮迅三昧」という六字熟語だったらしい。
 なので、「獅子奮迅」は大将棋製作者が洒落っ気を込めていれたっぽい。


 
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2012年10月18日

大将棋が遊べるフラッシュゲームサイト

 SDIN:大将棋で大将棋を遊ぶことができる。

大将棋.JPG
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2012年10月11日

現代中将棋のサイト

 現代中将棋という中将棋をベースにしたアレンジルールを公開しているサイトがある。

 現代中将棋

 実はこういうサイト、結構好き。
 過去、こんな試行錯誤があって今の中将棋や本将棋が生まれたんだし。


 
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2012年10月10日

2012年11月23日 第9回寝屋川囲碁将棋まつり

 イベント告知:第9回寝屋川囲碁将棋祭り
 関連サイト:囲碁将棋の街寝屋川

 スペシャル企画として中将棋の駒の展示と指導対局があるそうな。
 
 これは見にいかねばっ。
 と思ったけれど、噂によると、大阪は島本の中将棋対局も11月23日だったような……。


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2012年10月07日

中将棋の駒(海外版)

 ボードゲームギーク(中将棋)より引用。
 駒の動かし方が一目瞭然。
 どうぶつしょうぎみたいに、国際的に売りだすなら、これもありかも。

pic112542_md.jpg
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2012年10月06日

中将棋の歴史(簡易版)

 誕生(1400年代)

 中将棋は大将棋の駒を減らすことで生まれたようだ。
 だが、一体いつ誰がそれを行ったのかはわかっていない。

 『遊学往来』(1372以前)には中将棋の言葉が見られる。
 記録としては『康富記』。1444年閏6月2日、中将棋を打ったことが記されている。
 

 最盛期

 16世紀から17世紀にかけて流行したらしい。
 『言継卿記』には中将棋を打ったとする記述が沢山ある。

 だが、江戸時代に入る頃、将棋といえば小将棋(現在の将棋)にかわり始めた。
 その後も公家の間で打たれ続けるが、庶民の間では敬遠され始めたようだ。(恐らくだが、余暇がある公家はじっくり中将棋を楽しめるが、働かなければならない一般人は、そんな長い将棋を打つことができない。自然、中将棋は公家たちだけが行う遊びになっていったものと思われる)


 明治維新以後〜昭和

 幸田露伴「将棋雑考」(1900年)には、「中将棋は今広く行われずといえども滅びてつかわらざるにはあらず、京都にはあるいはなおこれを知りてもてあそぶ人なきにあらざん。今の棋聖小野氏のごときもこれをもてあそびしことありしと言えり。」と書かれており、その頃にはプレイ人口が少なくなっていたけれど、少しは遊ばれていたことが見受けられる。

 主に京阪地方で遊ばれていたようだ。大正末期には三百人の指し手がいたらしい。
 だが、その一方、関東では人気がなかったようで、東京へ移住した松浦七段宅にが「中将棋指南」の看板まで出したが、反応は得られなかったらしい。


 戦後にはプレイヤーがほとんどいなくなっていた。
 中将棋復興を願って活動したのが岡崎史明大山康晴
 1982年には、松田正一が中将棋の定跡書『中将棋全集』(全十一巻)を著した。


 現在(平成以後)

 将棋に比べればわずかだが、中将棋愛好家が存在する。
 チェスに近いため、海外にも中将棋を楽しむ団体がある。

 中将棋名人戦第一回が2005年に行われ、現在も続けられている。
 大阪府島本町では2010年より中将棋のイベントが行われている。


 参考文献

 中将棋の記録(一)、(ニ)
 『中将棋の歴史』
 『日本遊戯史 古代から現代までの遊びと社会』
 『名人の譜 大山康晴』
 wikipedia:中将棋


 
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